ミッドサマーネタバレ考察!マヤがクリスチャンを誘惑したのはなぜ?

ミッドサマーマヤはクリスチャンが好きなのか?
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映画『ミッドサマー』の主人公ダニーは、恋人のクリスチャンとホルガ村の娘・マヤのセックスシーンを目撃してしまう、という悲劇に出会います。

マヤは、ダニーたちを夏至祭に誘ったペレの妹なので、ダニーとクリスチャンが恋人同士であることは知っていたと思いますが、なぜクリスチャンを誘惑したのでしょうか?

ダニーの恋人と知りながら誘惑せざるを得ないほど、マヤはクリスチャンに恋をしていたのでしょうか?

今回はホルガ村という異質な風習を持つ村の特性を踏まえて、マヤがクリスチャンを誘惑した理由について考察したいと思います。

 

ミッドサマーマヤがクリスチャンを誘惑したのはなぜ?

ダニーたち大学生のグループは、ペレに誘われてホルガ村の90年に一度の大祭に訪れます。

そこでクリスチャンの目を引いたのは村の美しい娘、マヤでした。

マヤはダニーたちが村に着いてすぐの頃からペレに目をつけていたように見えます。

一目ぼれだったのでしょうか?

 

マヤはクリスチャンに恋をしていたのか?

ホルガ村の夏至祭に外部から人を招く目的の1つは「近親相姦で種を絶やさないこと」です。

これはダニーたちがホルガ村に着いてすぐ、村の人に質問した時にそう答えていました。

マヤは村から「男性とセックスしても良い」許可を得たばかりの少女なので、村人の中に気に入った男性がいなければ、クリスチャンたち外部から来た男性からお目当ての人を見つける必要があります。

ダニーたちグループの中にはクリスチャンの他に、ジョシュやマーク、サイモンもいました。

それでもクリスチャンを誘惑したというのは、マヤなりに彼を気に入ったからというのは間違いないはずです。

ただし、それはクリスチャンの遺伝子を持つ「子供を産みたい」という理由からで、クリスチャンに恋していたわけではないと思います。

 

ダニーの恋人と知りながらクリスチャンを誘ったのはなぜ?

それは、マヤにはクリスチャンが誰の恋人でも関係なかったからです。

ホルガ村では、個人的な欲や執着というものには価値を置かない伝統があるので、誰かの恋人を取ったとか取られた、ということは問題にならなりません。

セックスの許可が得られた→子供を産んで種を継続させよう→気に入った男性を見つけた→この人の子どもを産もう→村に進言→儀式通りに決行→成功!

マヤと村人の意識はこれだけです。

クリスチャンとマヤが性行為に及んだことは、恋人のダニーにさえも「あなたには関係ないことよ」と諭し、別問題として扱います。

では恋人を寝取られてしまったダニーはどうなるのでしょうか?

 

クリスチャンをマヤに寝取られたダニーへの対処は?

そこにはまた、ホルガ村ならではの対処法がありました。

ここでは個人の感情も、全体で共有する習慣があったのです。

ダニーの悲痛な感情に寄り添い、みんなで号泣する村の女性たちがいれば、こんな悲劇があっても大丈夫なのがホルガ村です。

マヤがクリスチャンとセックスしてクリスチャンの子どもを身ごもることは、マヤひとりの問題ではなく、村を挙げてのイベントでした。

村にとって何よりも重要なことは、この機に外部の血を入れて新たな子孫を増やすことです。

そのためにダニーが泣くのはむしろ仕方のないことで、村の風習の通りにみんなで悲しみを共有してやればいいこと、というのが村の考え方なのでしょう。

 

マヤにはクリスチャンを誘惑した罪悪感はない?

ないと思います。

マヤはもともとホルガ村で生まれ育って、まだ外の世界を知らない年頃だと思うので、自分のしたことが悪いことだなどとは全く思っていないはずです。

ホルガ村では18歳から36歳までが人生の夏の季節とされ、その期間は外の世界を見て廻ることができます。

そこで初めてホルガ村とは全く価値観の違う人たちの社会に身を置くことになりますが、18歳ともなればその人の基本的な価値観は粗方決まってしまうものなので、その時になって個人的な感情を大事にする人たちに染まるということもないのかもしれません。

外の世界では何か辛いことがあった時一人で乗り越えなくてはいけないことが多いですが、村に帰ればみんなで一緒に乗り越えてくれる環境があるので、ホルガ村の価値観のほうがずっと良いと思う可能性もあると思います。

 

マヤはその後どうなる?

マヤは計画通り、クリスチャンの子どもを身ごもってやがて出産すると思います。

しかし問題は、ダニーがそれを許すかどうかですよね。

ダニーがやがてマヤを殺害するのではないか、という見方もあるようですが、わたしはそうはしないと思います。

個人的な意見としては、ダニーは映画のラストで完全に頭がホルガ村脳に切り替わってしまったと考えています。

クリスチャンたち生贄が火を放たれた神殿を見て最初は泣き叫んでいるものの、ふと周囲を見渡すと同じように泣き騒いでいる村人で溢れています。

その光景を見てダニーは、自分を責めなくていいんだ、これでいいんだと急に新天地が開けたように吹っ切れるのです。

その状態からダニーが元の価値観に戻ろうとすることはないんじゃないか、というのが私の考えです。

もはや外の世界に戻ればダニーは殺人者ですから、ホルガ村に染まるほうがずっと楽です。

だからマヤの行為も理解し、許すようになると思います。

それができず正気に戻り、マヤを責めるなどしてもめ事を起こせば、先に生贄にされるのはダニーだと思います。

 

ダニーとマヤは友達になる?

ダニーにとってマヤは過去を思い出させる象徴となると思うので、マヤを許しはしてもそれほど親しい友達にはならないと思います。

個人的に強い感情を抱くことはホルガ村では生きにくくなるだけだろうと思うので、トリガーとなる人物には近寄らないのではないか、と考えます。

マヤも同じだと思います。

ダニーと個人的な話をすれば、感情を掻き立てられる危険があるので近づかないのではないかと思います。

ホルガ村ではエゴを全面に出せば命を絶たれます。

それがわかっているから皆、よけい村の風習に染まろう、信仰を厚くしようと思うのではないでしょうか・・・

生贄を志願した村の若者も、神殿に火が廻るのを待つ時には「個を諦めた」虚しさと、哀しさを浮かべた表情をしていました。

どこかでみんな個としての自分を意識しながら、それを無視しようとして生きているのがホルガ村だと思います。

何かの記事で「ホルガ村はトップの数人が支配しているカルト集団で、ほとんどの住民は生贄を前提とした奴隷」と書かれているのを見ました。

その意味でも、ホルガの掟にそぐわない振る舞いをすれば命を絶たれるので、個を意識してしまうような人間関係は持たないと思います。

 

まとめ

今回は『ミッドサマーネタバレ考察!マヤがクリスチャンを誘惑したのはなぜ?』についてご紹介しました。

マヤはクリスチャンを気に入って誘惑したものの、クリスチャンに「恋をしている」わけではなかったと思います。

マヤの目的はクリスチャンの子どもを身ごもることでした。

外部の人間を時々招いて、子どもを授かり子孫を増やす、というのはハルガ村全体の目的の一つなので、マヤがクリスチャンを誘惑したのは村のプロジェクトの一環と言って良かったと思います。

マヤはそれについて罪悪感など持たないし、傷ついたダニーの世話は村の風習の通りに周りの女性たちが一緒に号泣することで対処できました。

マヤのその後は、計画通りにクリスチャンの子どもを出産して、子孫を増やすことに貢献したと思います。

ダニーがそれを許せずもめ事が起きるようならむしろ、先に生贄の道をたどるのはダニーのほうではないでしょうか。

しかし映画の最後でダニーはクリスチャンを処刑した自分を許し、新天地を開いたので、もはや外の世界に戻ることはないというのが個人的な考えです。

ダニーはマヤがクリスチャンを誘惑したことを理解し許すでしょう。

二人はつかず離れず共存し、個人的なエゴを出したほうが先に命を絶たれると思います。