【キャロル映画のその後と結末】原作と時代についても解説

キャロル映画のその後と結末についての考察
Pocket

裕福な身の上ながら深い悲しみを内に秘めた美しいキャロルと、彼女に対する憧れが愛へと昇華していく若いテレーズの同性ふたりの恋愛映画『キャロル』。

映画を観た方の中には、ラストの展開と結末が曖昧で、モヤモヤしたままどう解釈したらよいのか、よくわからない、と思われた方もいたのではないでしょうか?

今回は『キャロル』の映画の結末、ラストシーンとその後について、原作『The Price of Salt』が出版された1951年当時の時代背景を含めて解説します。

同性との愛を貫くことが、現代より遥かに難しかった時代、キャロルとテレーズの選択はどのような意味を持っていたのでしょうか?

映画に登場したレコードやピアノの音楽、ファッションについてもご紹介しますので最後までご覧くださいね♪

 

キャロル映画のあらすじと結末・その後について

 

映画『キャロル』あらすじ

1950年代のニューヨーク。

写真が趣味の若い娘テレーズはデパートのおもちゃ売り場で美しい富裕層の主婦キャロルに出会う。

キャロルの夫は社会的地位もある裕福な実業家だった。

何不自由なく暮らせる環境にいたが、キャロルの結婚生活はすでに破綻しており、別居して娘の親権を争う状況にあった。

キャロルは同性愛者だったが、当時同性愛は社会的に許されるものではなく精神病として扱われた。

娘の親権を勝ち取るにも同性愛者のキャロルは立場が不利だった。

テレーズとキャロルはお互いに惹かれ合い、一緒にドライブ旅行に行くが、旅先での会話を録音されたテープが夫の元に渡ってしまい、二人は別れることを余儀なくされる。

離婚が決まり、元夫に親権を渡す決意をしたキャロルは改めてテレーズに再会し、一緒に暮らそうと誘う。

 

キャロル映画のラストについての解説・結末はハッピーエンドなのか?

映画『キャロル』のラストのシーンでは、キャロルが会食しているリッツのレストランに、先ほど別れたはずのテレーズが再び姿を現します。

セリフは一切ありません。

キャロルの頬に浮かびかけたかすかな笑み。

一見とても曖昧な終わり方をしたように思えますが、その前のシーンにテレーズがなぜキャロルの前に立ち戻ったのか、その心情が見えてきます。

マディソン街のアパートで一緒に暮らそうとの誘いを一度は断り、キャロルと別れたテレーズでしたが、次に向かった先のパーティには彼女の心を留めるものはありませんでした。

かつての恋人リチャードも、テレーズに好意を寄せていたダニーも、何事もなかったかのように別の女性と連れ立っていました。

キャロルと出会ってから、テレーズは同性愛者の女性の存在がよく目に入るようになっていましたが、パーティの会場にも彼女を見つめる女性がいてテレーズに話しかけてきました。

しかしテレーズの心にはキャロルがいて、他のひとのことなど目に入りません。

テレーズはそのパーティに居心地の悪さを感じ表へ出ると、そのままキャロルが会食しているリッツ・カールトンのオークルームに戻っていくのです。

キャロルの顔を見つけて近づくテレーズは、一足ごとに確信が強まっていたのではないかと思います。

「間違いない。わたしはキャロルを愛している」と。

映画のその後、テレーズはキャロルの誘いを改めて受けるのでしょう。

プロポーズへの返事のように、セリフを充てるなら「イエス」です。

 

ラストシーンについてトッド・ヘインズ監督からのコメントを紹介

映画『キャロル』のラストがハッピーエンドだったことは明白です。

下記の公式インタビューにもある通り、このラブストーリーは「悲劇的な結末」ではなかったのです。

さらにトッド・ヘインズ監督は映画『卒業』のラストを引き合いに出し、同じ意味合いの効果を『キャロル』のラストに表現したかったのだと説明しています。

一度は関係を諦めた恋人同士が、最後はお互いを選び、その後は二人一緒に現実と向き合って生きて行く、というラストです。

この映画の終わりは、キャロルとテレーズの新しい生活のはじまりでもあるわけです。

トッド・ヘインズ監督のオフィシャル・インタビューでのコメントをご紹介します。

── 原作がなく内容を自由に変えられたら、このラブストーリーを悲劇的な結末にしたと思いますか?

いや、そうは思わない。『キャロル』のエンディングで気に入ってるのは自殺したり療養所送りになったりしないことだ。だが何の保証もない。これは始まりのようなもの、終わりは始まりなんだ。このシーンを撮っていた時、ケイトとルーニーに『卒業』のエンディングの話をした。あの大胆な花嫁奪還のシーンだ。ベンジャミンは教会に乗り込み、家族の制止を振り切り、ドアに十字架をかけてエレインをさらい、二人でバスに乗り込む。その後は「さてどうしよう」だ。これから待っているのは現実。映画はここでおしまいだが。僕はこの作品でも同じように感じたんだ。テレーズがキャロルの所へと歩き出す前に、彼女にこの瞬間を与えたかった。

(オフィシャル・インタビューより)

 

キャロル映画その後はどうなる?

マディソン街にアパートを借りたわ。

仕事もするの。信じられる?4番街の家具店でバイヤーとして。

部屋はとても広くて素敵なの。ふたりで住めるわ。

あなたも一緒に暮らしてほしいけど、多分、無理ね・・・どうかしら?

引用:映画『キャロル』字幕より

映画のその後、キャロルとテレーズはマディソン街の広いアパートに、一緒に暮らし始めたことでしょう。

キャロルは4番街の家具店のバイヤーとして働き始め、テレーズはニューヨークタイムズで働きながら写真家への道を探ります。

ちなみに1950年代当時、4番街といわれていたところは現在ではパークアベニューと改名されています。

世界最大規模のビジネス街で、世界的大企業の本社が軒を連ねるNYの目利き通りです。

4番街からパークアベニューに改名されたのは1950年代、地下鉄道の建設が完成したところから順に改名が進んでいったそうです。

原作小説が出版された1951年当時はまだ、地区全体が4番街でした。

キャロルがアパートを借りたと話していたマディソン街(マディソンアベニュー)は、付近の住宅地に住む富裕層に向けた高級ブランド店が立ち並ぶ優雅な地区です。

街の雰囲気としてはマディソン街のほうが、キャロルが働くことになったという家具店にはふさわしいような気もします。

もしくは、旧4番街とマディソン街は続きの地区なので、勤め先の家具店自体、限りなくマディソン街に近い4番街の外れにあった、とか。

自宅アパートから家具店はすぐ近所だった、ということもあるかもしれませんね。。

 

キャロル映画の原作は実話だった?同性との恋愛が許されなかった時代を解説

映画の原作『The Price of Salt』は1952年に出版されました。

作者のパトリシア・ハイスミスは当時、長編第一作目の『見知らぬ乗客』がすでにヒッチコック監督により映画化され大ヒットを収めていました。

その後も同性愛者リプリーについて書いた『太陽がいっぱい』も映画化されるなど、はいスミスは人気作家の地位を獲得していくのですが、映画『キャロル』の原作『The Price of Salt』については偽名のクレア・モーガン名義で出版しているのです。

なぜなのでしょうか?

 

原作『The Price of Salt』はなぜ偽名で出版されたのか

パトリシア・ハイスミスが映画『キャロル』の原作『The Price of Salt』を偽名で出版したのは、彼女自身がLGBT、同性愛者だったからでした。

1952年当時、同性愛は社会的に許されていませんでした。

発覚すると精神病とみなされ、病院で治療を受け「更生」することを求められました。

その時代に自ら同性愛者であることを公表するというのは恐怖だったのでしょう。

しかし、クレア・モーガンの名前で出版したにもかかわらず、ハイスミスの元には世界中から多くの同性愛者が書いた、称賛と励ましのファンレターが毎週届いたそうです。

この小説が衝撃的だった一番の理由は、結末がハッピーエンドだったことでした。

当時、同性愛について書かれた小説は他にも多数あったそうです。

しかしどれも、その時の社会情勢を反映して「同性愛者となれば、気が狂うか自殺するか、もしくは男性と結婚するしかない」という内容だったそうです。

小説の中でさえも、同性愛が肯定されることはなく、不幸になるしかなかったのが現実でした。

そんな中、『The Price of Salt』は過去に例を見ない全く新しい展開で、純粋にひたむきに愛し合う女性同士の恋愛を書きました。

主人公が当時の社会規範を外れた恋を苦に自殺したり、気が狂ったり病院に行ったりすることなく、愛するひとと幸せに生きて行くという展開は、当時の社会情勢としては一大センセーショナルだったのです。

 

原作には別エンディングも存在した!その内容とは?

ハイスミスはこの小説を出版するにあたり、当時の慣習に倣った別エンディングも書いていたそうです。

つまり、テレーズがキャロルの元に戻ることはなく、二人は近くにいながら決して結ばれることがないという結末です。

その終わり方なら、ハイスミスはクレア・モーガンという偽名を使わずに出版できたかもしれません。

しかし、両方の原稿を読んだ編集者がハッピーエンドのほうを選んだのです。

当時としては画期的な、斬新なエンディングです。

それまでの美しくひたむきなストーリーを台無しにしないためにも、良い選択だったのではないでしょうか。

 

ファッションにみるキャロルとテレーズの立場の違い

映画の冒頭から中盤まで、ふたりのファッションには対照的な魅力がありました。

テレーズは街中にいるごく普通の女の子の服装。

可愛らしく動きやすい恰好で、人の視線など意識していない自由なファッションです。

色合いは紺や黒、からし色などむしろ地味で目立たない恰好をしています。

それに対してキャロルはというと、一目で富裕層とわかるゴージャスな毛皮のコートに皮の手袋をしています。

身につけているドレスは、高価なだけでなくとてもタイトでボディコンシャスなつくりです。

きついコルセットを着用しつつ美しいファッションを保つのは、夫が社会的地位のある実業家だからで、キャロルには保たなければならない体面があるのです。

本来、家庭で夫を支える専業主婦であればもっと抑えた色合いのスーツやマニキュアでも良さそうなものですが、キャロルはピンクのマニュキュアを好んでつけており、赤やピンクのアイテムを多く身につけています。

夫ハージのパーティに出向く時、運転席のリーズに「この色、ハージの母親は嫌いよね・・・戻って着替えようかしら?」と言うところからも、夫や義父母がどう思うかではなく、キャロル個人が好きな色を選んで身につけているのです。

しかしテレーズとの旅行での会話が録音されたテープが夫の手に渡り、一旦テレーズと別れたキャロルのファッションはがらりと変わります。

黒や紺のドレスを着て、好んでつけていたピンクのマニキュアは落としました。

代わりにテレーズのほうは、キャロルと別れてから赤やピンクを切るようになり、より洗練され美しく変化します。

失恋の痛手を克服し、自分の生き方を大切に生きることを学び成長したのです。

離婚が成立してテレーズの元に戻ったキャロルの手には、またピンクのマニキュアが戻ってきています。

テレーズとキャロルの心情の変化をファッションを通して観察するのも楽しいですね。

ちなみに衣装を手掛けたのはアメリカのデザイナー、サンディ・パウエルです。

『ヴィクトリア女王世紀の愛』や『アビエイター』、『恋に落ちたシェイクスピア』の3作でアカデミー衣装デザイン賞を受賞しています。

今回『キャロル』では『アメリカ衣装デザイナー組合賞』を受賞しました。

 

香水『マドモアゼル』は1951年当時は世に出ていなかった

映画『キャロル』には、香水にまつわるシーンがいくつか出てきます。

初めてふたりが一緒にランチに出たとき、テレーズはキャロルの香水の香りを褒めました。

結婚前に夫ハージが贈ってくれたものだと説明したキャロルは、貞淑な妻の役割をがんばってきた女性でもあると想像がつきます。

その香水が何であったか映画では告げられませんでしたが、旅先でふたりがつけて香りを確認し合ったのは『マドモアゼル』でした。

シャネルの『ココ・マドモアゼル』かな、と思った人は多かったと思いますが、ココ・マドモアゼルが発売されたのは2001年で、1951年当時には存在しませんでした。

謎の香り、映画の中にしかないらしい幻の香水『マドモアゼル』、ブランドだってシャネルではないのかもしれません。。

キャロルにシャネルはお似合いだと思いますけどね♪

 

キャロルのモデルの女性も名前は『C』彼女の不思議な結末

原作『The Price of Salt』を執筆するにあたり、作者のパトリシア・ハイスミスは2人の女性からインスピレーションを受けました。

そのうちのひとりは彼女の恋人バージニア・ケント・キャサーウッド、そしてもうひとりが映画の中でテレーズがキャロルに出会ったのと全く同じシチュエーションでハイスミスが出会った、見知らぬ女性です。

ハイスミスは当時、デパートの臨時職員として働いていました。

そこに現れた、ミンクのコートをまとった美しいブロンドの女性からインスピレーションを受け、ハイスミスは筆の赴くままにあっという間に物語を書き上げたのです。

この女性は購入した商品の送り先としてE.R.Sennという名前と住所を書き残していったそうですが、これは女性の旦那さんの名前でした。

ハイスミスがこの女性自身の名前を知ることは生涯ありませんでしたが、なんとハイスミスの伝記を書いたアンドリュー・ウィルソンが、彼女の名前を探し当てたのです。

その女性がキャスリーン(Catherine)であることを知らずにキャロル(Carol)の名前を充てたハイスミスでしたが、そこにはもうひとつ、小説の内容に符合するような、不思議な物語がありました。

キャロルのモデルとなったこの女性、キャスリーン・センは『The Price of Salt』が出版される前に一酸化炭素中毒で自ら命を絶ったのです。

 

ハイスミスにインスピレーションを与えた見知らぬ女性もレズビアンだった?

映画『キャロル』の中で、キャロルに出会ってからテレーズはレズビアンの女性が思いの外多く存在することを知ります。

同性に対して恋愛の扉が開いたというか、チャンネルが開かれたのでしょう。

惹かれ合う人たちは、お互いを視止めると強いインパクトを残します。

ハイスミスがデパートで遭遇した女性、キャスリーン・センからインスピレーションを受けたのは、お互いにレズビアンだったからかもしれません。

1950年代は、同性愛者にとって非常に生きにくい時代でした。

小説の中でさえ、同性愛者は社会的抑圧や制裁を受けて悲劇的な結末を迎えるしかなかった時代です。

キャスリーン・センももしかしたら、キャロルと同じように重い苦しみを抱えていて、耐えきれず命を絶ったのかもしれません。

そんな不思議な結末を、ハイスミスが生涯知らずに過ごしながらこの小説を出版し、後に世に知られるようになったというのも何か運命的なつながりを感じます。

『The Price of Salt』が同性愛者にとって歴史的に転機となった作品であることを考えると、キャスリーン・センとハイスミスの果たした功績は大きいですね。

 

音楽とカメラワークで魅せるキャロルとテレーズふたりの世界

映画『キャロル』は1950年代のストーリー、すでに50年以上も前の物語です。

それでも現代の私たちが観てこれほど美しく官能的で瑞々しい印象を受けるのは、ファッションやカメラワーク、音楽の効果も素晴らしいからだと思います。

カメラワークで言えば、”窓枠の中に写っているものとそれ以外”という括りでキャロルとテレーズの世界を効果的に演出しています。

ある時は窓越しに見えるキャロルと親友アビーの姿を、女性との恋愛に経験のないテレーズが外の世界から見つめ、ある時はキャロルとテレーズが同じ窓枠の中に収まり二人の世界が効果的に象徴されます。

美しいオーケストラで物語の世界観を表現するのはコーエン兄弟の全ての作品を手掛けているという作曲家カーター・パウエルです。

この映画でパウエル氏は『ハリウッド・ミュージック・イン・メディア賞』を受賞しました。

ちなみに作中登場するピアノ曲は、ビリー・ホリディの『Easy Living』という曲です。

テレーズがクリスマスプレゼントとしてキャロルに送ったレコードのタイトルにもなっています。

 

『キャロル』映画の名言を紹介

英語を母語とする人たちの間でも「どういう意味?」と話題になったというキャロルの名言がこちら。

“Flung out of space.”

「わたしの天使。空から落ちてきたひと」

flungの現在形flingは「放り投げる、投げ飛ばす」などの意味です。

「天から放り出された堕落天使という意味だろうか?」というのが一般的な推論であるらしいです。

羽が折れてしまったのか、1950年代の窮屈な社会倫理の中で場違いなくらい自由で透明だったテレーズは、キャロルには空から放り出されて帰れなくなった天使みたいに見えたのでしょうね。

 

『キャロル』映画はおすすめ?口コミ・感想を紹介

 

まとめ


キャロル(映画)の結末とその後についての考察と、原作が書かれた時代についての解説でした。

原作『The Price of Salt』が出版された1952年という時代は、同性との恋愛は社会的に許されないことでした。

この小説がセンセーショナルだったのは、それまで世に出ていた小説のように同性愛者が悲劇的な結末を迎えるのではなく、純粋にふたりの主人公がお互いを愛する物語となっていて、しかも結末がハッピーエンドだったからです。

映画のその後、キャロルとテレーズはマディソン街のアパートで一緒に暮らし始めるのでしょう。

原作『The Price of Salt』が出版された1951年当時、同性愛者を主人公にした物語でこれほど力強く肯定的なメッセージを発信した小説はありませんでした。

映画『キャロル』は、同性愛者にとって転機となったこの作品を、作者のパトリシア・ハイスミスの意図をそのままに映像化した作品です。

キャロルのモデルとなったキャスリーン・センの悲しい結末にも思いを寄せて、もう一度観てみるのも良いかもしれません。